日本の教育はこれでいいのか

私は洋楽を演奏するバンドをやっています。知り合いに紹介され参加したバンドでかれこれ1年ちょっと続けています。1年間でライブも6回ほど行うことができ実に充実していたと思います。

ただ最近ではややフラストレーションがたまっています。なぜかというとキーボードが仕事の関係で来られないことが多いのです。それでも弾けるなら全然問題ないのですが、もともとピアノを習っていた人ではないのであまり弾けないのです。ですから練習に来てもらえないというのはすごく重大な問題で、彼女が来ないと新曲ができないのです。

新曲をやりましょうといっても、あとAさんは数回しかライブまでにこれないのに新曲は無理でしょ。となってしまう。

次のライブは前回のライブから6か月もあくのに新曲は1曲だけでちょっと飽き気味なのであります(苦笑)

楽器への思い入れや実力差の問題というのは意外とバンドにおいて重要なのです。

教育の話

さて、実力差の問題というのは日本の教育でも重要な論点だと思います。

私の教え子は1クラス40人の学校に行っています。ただ学校の勉強はよくわからないことが多いといいます。わからないのか聞く気がないのかはさておき、一般的に日本の教育はそこそこ勉強のできる子を効率よく作り上げるシステムになっています。

たった一人の先生で40人を教育できるんだからコスト的に効率が良くていいですよね。20人制のクラスだったら先生が二人必要だから先生を雇うコストも二倍になります。

そして効率よく教育をするためには授業のレベルを設定してそれに従って授業することになります。40人いればそれぞれ得意不得意は違いますからできる人とできない人がでてくるわけです。

そうすると授業のレベルを落とすか、そのままで行くかの選択が必要になります。

授業のレベルを落とすと理解不足の生徒には役に立つけれど、理解できている生徒には退屈になります。逆にレベルを落とさないと理解不足の子はますます理解できなくなってしまいます。

どうしても大量生産的な教育だとこういった問題が生じてしまいます。

学校の教育に満足できない生徒は塾へ行きより高度な勉強をし、理解できない子はそれを補うために塾へ行き…。学校の存在意義とは何か考えさせられてしまうのです。

もっと日本は教育費にお金をかけるべきなんではないでしょうか。勉強をできることに意味があるというより勉強ができるようになる経験を通じて自分に自信を持てるようになることが大事だと私は思っています。40人学級を続けていたら何も変わらない。